カタルーニャ出身のアントニ・ガウディ(1852年~1926年)は、20世紀の偉大な建築家でした。ガウディは、サグラダファミリアやコロニアグエル教会では、設計図を描かずに石膏模型と逆さ吊り模型を作りました。個人の邸宅(カサ・ミラ、カサ・バトリョとグエル邸)では、ガウディが好きなカテナリー・アーチがたくさん造られました。世界遺産に登録されているガウディ作品群(グエル公園、カサ・ビセンス等)は、バルセロナに有り、見学が出来ます。ガウディは、独特の世界観を持っている建築家でした。
目次:
1852年から1926年までガウディ生涯をまとめました:
年 | 年齢 | 生涯 |
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1852年 | レウスに生まれる | |
1870年 | 18歳 | バルセロナへ移動 |
1873年 | 21歳 | 建築学校に入校 |
1873年 | 21歳 | フォントセレ館で仕事の手伝い |
1878年 | 26歳 | 建築家の資格を得る |
1878年 | 26歳 | グエル氏に出会う |
1883年 | 31歳 | 初期の建築物 |
1890年 | 38歳 | アール・ヌーヴォー時代 |
カテナリー・アーチ研究 | ||
1906年 | 54歳 | グエル公園へ移住 |
1912年 | 60歳 | サグラダファミリアのみ |
1926年 | 74歳 | 永眠 |
建設工事が始まった年でガウディ建築物をまとめました:
年 | 年齢 | 建物 |
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1883年 | 31歳 | カサ・ビセンス |
1883年 | 31歳 | サグラダファミリア |
1884年 | 32歳 | グエル別邸 |
1886年 | 34歳 | グエル邸 |
1898年 | 46歳 | カサ・カルベット |
1898年 | 46歳 | コロニアグエル教会 |
1900年 | 48歳 | グエル公園 |
1900年 | 48歳 | カサ・ベイヤスグアルド |
1904年 | 52歳 | カサ・バトリョ |
1906年 | 54歳 | カサ・ミラ |
ガウディ穴場を含めて、ガウディの作品群を徹底解説します。ガウディ名所はバルセロナにあるので、回りやすいです。ガウディ建築めぐりはとても魅力的な旅になるでしょう。
1・サグラダファミリア |
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バルセロナに来られる観光客の主な目的は、ガウディ最高傑作のサグラダ・ファミリア見学でしょう!アントニ・ガウディは、1883年にサグラダファミリアの主任建築家になり、石膏模型や逆さ吊り模型を作り、聖家族に捧げる高さ172メートルの記念碑的寺院をデザインしました。自然光や音響効果の詳しいことまで、全てが計算されている教会です。サグラダファミリアは、未完成の教会ですが、21世紀の新しい技術などのおかげで数年後に完成する予定です。完成したサグラダファミリアは、3つの正面(生誕・受難・栄光)と18塔の建物になります。 1882年~世界遺産:2005年に登録 バルセロナ新市街 C/ de Mallorca, 401 - 08013 Barcelona 見学可能(冬:09H00~18H00、夏:09H00~20H00) 大人:36.00 ポイント:①大きさ、②ステンドガラス サグラダファミリア |
2・グエル公園 |
別荘地帯になる予定でしたが、未完成で終りました。現在、グエル公園は人気のあるバルセロナ観光スポットで、バルセロナが一望できる公園です。20世紀初頭に大金持ちのグエル伯爵は、ガウディに目立つ高級住宅地を頼みました。巨大トカゲ、100本の柱の部屋とお菓子の家がグエル公園のシンボルになりました。おとぎ話のようなグエル公園には、曲線と鮮やかな色彩のタイルがとても多いです。アウトドアの観光地で、お花や木がきれいです。 1900年~1914年世界遺産:1984年に登録 バルセロナ新市街 C/ Olot - 08024 Barcelona 見学可能(冬:08H30~18H15、夏:08H00~21H30) 大人:10.00 ポイント:①波のベンチ、②眺め グエル公園 |
3・カサ・ミラ |
カサミラは、高級マンションで、弁護牛の仕事をしていたミラ氏のお家でした。ガウディの時代から現在まで、お店(1階)、オフィス、アパートメント、賃貸などがカサミラに入ってきました。現在も数名が住んでいる個人の邸宅です。中庭2ヶ所があるので、全ての部屋がとても明るいです。曲線のある正面、コンブをイメージしている鉄のバルコニー、珍しい形をしている煙突、全てガウディのデザインです。 1906年~1912年世界遺産:1984年に登録 バルセロナ新市街 Passeig de Gràcia, 92, 08008 Barcelona 見学可能(冬:09H00~18H30、夏:09H00~20H30) 大人:28.00 ポイント:①屋上にある煙突、②7階のレンガ造り部屋 カサミラ |
4・カサ・バトリョ |
バトリョ氏が、自分の立場を表すため、豪華な建物に住みたがっていました。ガウディは、1874年に造られた建物をリフォームし、とても目立つ正面を追加しました。外観のみではなく、内装もとても珍しいです。壊れたタイルの破片が多いので、どこ見てもカラフルなプライベートのお家でした。1階から屋上まで見学できます。ガウディの時代に作られたエレベーターはオルドスタイルでオシャレです。おすすめの観光スポットです。 1904年~1906年世界遺産:2005年に登録 バルセロナ新市街 Passeig de Gràcia, 43, 08008 Barcelona 見学可能(09H00~21H30) 大人:35.00 ポイント:①外観、②ブルーのタイル カサバトリョ |
5・グエル邸 |
旧市街にあるガウディ作品は、グエル邸のみ。7階建てのグエル邸は実業家のグエル伯爵の豪華なお家でした。地下1階の柱は太い木をイメージし、カテナリー・アーチがたくさん作られました。また、ガウディは壊れたタイルの破片を利用しました。3階にあるレセプションホールでパイプオルガンの生演奏が聞こえ、4階の部屋でアール・ヌーヴォー様式の家具が置いてあります。屋上から周りの地区が一望できます。カラフルなタイルで飾られている煙突は、とてもユニークです。 1886年~1890年世界遺産:1984年に登録 バルセロナ旧市街 Carrer Nou de la Rambla, 3-5, 08001 Barcelona 見学可能(冬:10H00~17H30、夏:10H00~20H00) 大人:12.00 ポイント:①3階の部屋、②煙突 グエル邸 |
6・カサ・ビセンス |
庭が付いているので、カサビセンスはとてもいい感じの観光スポットです。31歳のガウディがデザインしたこの個人の邸宅は、4階建ての建物です。ガウディ初期のデザインで、天才の発想がよくお分かりになる場所です。どこ見てもデコレーション(お花や植物)が有り、ガウディがデザインした家具が数ヶ所残っています。1階のバルコニーと2階のバルコニーが違うスタイルですが、座りやすいベンチや雨水の配水管も面白い! 1883年~1885年世界遺産:2005年に登録 バルセロナ新市街 Carrer de les Carolines, 20, 08012 Barcelona 見学可能(冬:10H00~19H00、夏:10H00~20H00) 大人:18.00 ポイント:①落ち着いている庭、②自然のモチーフ カサビセンス |
7・コロニア・グエル |
コロニアグエル教会が世界遺産に登録されているのに、旅行者があまりいない穴場です!建築家ガウディは、グエル伯爵が持っていた村で小さな礼拝堂を造りました。入った時、まず、大きなシャコガイが見え、その後、カラフルなステンドガラスで温かく照明されている教会が目の前で広がります。ベンチもガウディのデザインです!コロニアグエル教会はガウディの独自の世界観に満ち溢れている場所です。 1898年~1908年世界遺産:2005年に登録 バルセロナ郊外 Carrer Claudi Güell, 08690 La Colònia Güell 見学可能(冬:10H00~17H00、夏:10H00~19H00) 大人:10.00 ポイント:①観光客が少ない、②ステンドガラス コロニアグエル教会 |
8・カサ・カルベット |
カサカルベットはカタルーニャのアール・ヌーヴォー様式の建物です。ガウディの時代には、1階は布を売っているお店、2階は家主の豪華なアパートメント、3・4・5階は賃貸でした。ガウディは、カサカルベットのおかげで1900年にバルセロナ市からの建築賞を貰いました。プライベートな建物で見学できません。 1898年~1900年バルセロナ新市街 Carrer de Casp, 48, 08010 Barcelona 内部見学不可 |
9・カサ・ベイヤスグアルド |
バルセロナ中心地から多少離れていますが、ゆっくりと見学できるガウディ穴場です。庭に囲まれているベイヤスグアルド邸は、フィゲラス邸とも呼ばれています。ゴシック様式のお城をイメージしています。外観と内装が違うスタイルですが、他のガウディ建築物と同じように屋上と屋根が面白いです!屋根はどんな動物をイメージしていますか? 1900年~1909年ティビダボの麓 Carrer de Bellesguard, 20, 08022 Barcelona 見学可能(10H00~15H00) 大人:9.00 ポイント:①落ち着いている穴場、②庭 カサベイヤスグアルド |
10・レイアル広場の街灯 |
学生のガウディがデザインした街灯。兜の下に蛇2匹;街灯の真ん中にバルセロナ紋章。レイアル広場にある街灯2つがランブラス通りに近いので、バルセロナ旧市街を歩く際、寄りやすい場所です。 1879年バルセロナ旧市街 Plaça Reial, 08002 Barcelona 見学可能 無料 ポイント:①広場の雰囲気 |
11・グエル別邸 |
ムデハル様式の影響が見える建物2軒:馬車のための駐車場と守衛のお家。歩道から見えるドラゴンの門が大きくて、面白いです。 1884年〜1887年バルセロナ新市街 Av. de Pedralbes, 7, 08034 Barcelona 内部見学不可 ポイント:①巨大ドラゴン |
12・カサ・ミライエス |
ガウディ像があるので、建築家と一緒に写真を撮ることが出来ます! バルセロナ新市街Passeig de Manuel Girona, 55, 08034 Barcelona 見学可能 無料 ポイント:①ガウディ像 |
13・テレサ学院 |
聖職者が経営している学校なので、見学できません。 バルセロナ新市街Carrer de Ganduxer, 85, 08022 Barcelona 内部見学不可 |
14・ボデガ・グエル |
ビーチリゾート地の側のガウディ穴場。ボデガ・グエルはレストランになっているので、営業時間に行けば、外観が見えます。 バルセロナ郊外08860 Garraf, Sitges, Barcelona 見学可能 無料 |
15・公園の柵 |
若いガウディは、ジュゼップ・フォンサレのアトリエで公園の柵をデザインしました。 バルセロナ・ボルン地区08003 Entrada al Parc de la Ciutadella, Barcelona 見学可能 無料 |
労働組合社の住宅・工場 |
若いガウディ(1878年~1883年)は、バルセロナ郊外で工場をデザインしました。現在(ガウディと関係ない)特別展が開催される建物になっています。 バルセロナ郊外Carrer de la Cooperativa, 47, 08302 Mataró 外観のみ 無料 |
栄光の第一秘跡 |
モンセラット |
アルティガス庭 |
カタルーニャ地方 |
パルマ・デ・マヨルカのカテドラル |
マヨルカ島 |
エル・カプリチョ |
カンタブリア州(スペイン) |
司教館 |
カスチヤイレオン州(スペイン) |
カサ・ボティネス |
カスチヤイレオン州(スペイン) |
アトラクション・ホテル |
1908年にガウディによってデザインされたニューヨークのアトラクション・ホテルが作られませんでした。しかし、2001年9月11日にテロ事件でワールドトレードセンターが破壊された後、新しい建物の計画がたくさん立てられて、一つの計画はガウディのホテルでした。 |
どうして新しい建築を考え出そうとしているのかって?いや新しくはないよ。自然界がもうすべてを考え出してしまってるじゃないか!
木や山や人の体など自然界のモノはなぜ線織面をしているのかって? その方がより機能的だからだ
自然こそ僕の先生だ
仕事を上手にするために必要なこと:第一に愛、第二に技術
アントニー・ガウディ・イ・コルネット(Antoni Gaudi i Cornet、1852年6月25日〜1926年6月12日)は、カタルーニャ地方の天才建築家で、モデルニスモ建築の代表者でした。
ガウディは1852年にバルセロナの110キロ南にある「レウス」という町に生まれました。5人兄弟で、家は貧しかったようです。兄弟の2人はガウディが小さいころに亡くなりましたが、そういった家庭環境は170年前では珍しくありませんでした。
ガウディの目は青く、赤毛でした。5歳ぐらいからリュウマチをわずらい、学校を休みがちだったので、友達と遊ぶ機会はあまりありませんでした。
彼の両親は「リウドムス」という村(レウスの近く)にも家を持っていたので、小さい頃のガウディはそこでよく自然を観察していました。
ガウディの父は鍛冶屋で、アトリエではブランデーを冷やす時に使うパイプ(蒸留器)を作っていました(100年以上前、レウス地方はブランデーの有名な産地でした)。
夜に石油ランプを使用すると、曲線のパイプの影が壁に映り、それがガウディには動いている蛇を想像させました。ガウディが爬虫類を好きになったきっかけだったと思われます。
1873年:21歳の時にバルセロナの建築学校に入学、アトリエでアルバイトを始めました。
1876年:医者であったガウディの兄が急死したため、ガウディの母はショック死してしまいました。
1877年にガウディが建築の資格を得た時に、建築学校の校長先生は Qui sap si hem donat el diploma a un boig o a un geni ? El temps ens ho dira と言いました。「この資格はバカな人にあげたか、天才にあげたか、時間が経てば分かるでしょう」
バルセロナはレウスから遠かったため、ガウディはだんだん実家に帰らなくなりました。その後、父親はバルセロナに引っ越しました。
1878年にパリで万国博が開催されました。ガウディはそのエキスポのために、手袋店のショー・ウインドーを鉄とガラスで作りました。エキスポに行ったグエルさんはそのショー・ウィンドーを見て、とても感動し、「これを作った人に会いたい」と言いました。それが、グエル伯爵とガウディが出会うきっかけになりました。
その後、グエルさんはガウディにたくさんの建築物を依頼しました(19世紀にバルセロナは繊維と織物で栄えていました。その時、繊維と織物の会社を経営していた人達はプチ・ブルジョワになりました。その中の一人がグエル伯爵でした)。
マタロ出身の「ジョゼファ・モレウ」に失恋してから、ガウディは生涯独身を通しました。
1883年:31歳の時に、サグラダ・ファミリアを手がけることになりました。
自然が好きなガウディはカタルーニャ地方の登山を楽しみ、田舎の古い建物を見たり、ハイキングをしたりして過ごし、詩人・聖職者であった Jacint Verdaguer に出会いました。
ガウディの母国語はカタルーニャ語でしたので、日常はカタルーニャ語を話しました。
1900年:ガウディはカサ・カルベットを手掛け、バルセロナ市から建築賞をもらいましたが、これが生涯、最初で最後の賞でした。
1906年:ガウディの父が91歳で、バルセロナで亡くなりました。
1910年:フランスのパリで、ガウディのエキスポが開催されました。
1911年:体調不良のため、ガウディはピレネー山脈で静養しました。
ガウディは自然が好きでしたので、曲線、放物線、植物や動物(トカゲ、蛇など)をよくモチーフにしました。
ガウディの父も祖父も鍛冶屋でしたので、ガウディは
小さい頃から鉄に親しんでいました。建築物に鉄をよく使ったのはそのせいです。
ガウディの建築物は曲線なので、普通のタイルを使うことが出来ません。そのため、ガウディは壊れたタイル(カタルーニャ語で「トランカディス」)を曲線に貼ることにしました。
体調が思わしなくなってきたため、1906年から住んでいたグエル公園の家から、1925年にサグラダ・ファミリアに移りました。
1926年6月12日:その日、ガウディは街を歩いていた時に、路面電車に轢かれ、3日後にバルセロナ旧市街のサンタクレウ病院で亡くなりました。74歳でした。お葬式には多くの市民が参列しました。ガウディの遺体はサグラダファミリアの地下の礼拝堂に埋葬されました。その後、ガウディに会いに来た建築家の今井健二さんは、バルセロナに到着してからガウディの死を知ったそうです。
ガウディには家族がいなかったため、遺産はすべて教会に寄付さました。
スペイン内戦(1936年〜1939年)の時に、ガウディが描いた設計図やガウディが作った石工模型はかなり焼失してしまいました。
1984年、カサ・ミラ、グエル公園、グエル邸が世界遺産となり、2005年にはサグラダ・ファミリアの「生誕のファサード」、カサ・バトリョ、コロニア・グエル教会とカサ・ビンセンスが追加され、ガウディの7つの建築物が世界遺産として登録されました。
ガウディは聖人に登録中です。
カタルーニャ地方には、ガウディ・ミュージアムが2軒あります。
Casa Museu Gaudí |
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Ctra. del Carmel, 23A |
グエル公園、敷地内 |
Gaudí Centre |
Plaça del Mercadal, 3 |
ガウディの故郷レウス |
建築家のアントニ・ガウディは、カタルーニャ出身の天才でした。発想が珍しくて、とてもユニークな建物をたくさんデザインしました。ガウディはバルセロナの「神様」になりました。
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「カタルーニャ観光」は、一切の責任を負いません。